とある二流大学院卒の個人的見解

二流大学院卒ITプレイヤーが学習や世の中の動向に対する自分の意見を綴っていくブログ

雑談.「なんで勉強するの?」

 「何で勉強しなくちゃいけないの?」と教え子から聞かれることがあります。実際、多くの方々がこのような疑問を抱えていると思います。この問いについて、一つ、私の個人的な意見を話しておこうかなと思います。

 でも、その前に、皆さんは算数・数学をどこまで学ばないと生きていけないと思いますか?以下の選択肢から一番近いと思うものを選んで下さい

  1. そもそも必要ない
  2. 足し算、掛け算は買い物とかで必要でしょ。
  3. 加減乗除は生活内で数を考えるうえで必要でしょ。
  4. 比・割合ができないやつの料理は食べたくない。
  5. 一次関数・方程式・数列が立てられない、または、指数ができないやつは経営に関しては任せられない。
  6. 対数が使えないと対数グラフを効果的に使えないから、企業の売上高等の説明のスライド作成は任せられない。
  7. 微分積分は統計の処理をするために必要でしょ。
  8. 行列は複雑な現実に近い数列をうまく取り扱うために必要でしょ。
  9. 世の中は群論を用いて分析すべきだ!
  10. 世の中の真理は宇宙の始まりにあるため、それを知るためのトポロジー論及び、全ての数学的見解が必要になってくる。

 ・・・どうでしょうか。10なんてひどいですよね。ほぼみんな生きていけなくなりますよね。まず、初めの20年間はどうやって生きてきたのかと言いたくなります。9,8,7,6,5はもちろん、生きていく上で、よりよく生きるには重要ですが、これがないと生きていけないほどでもないですよね。4は、どっかのお母さん食堂に頼れば十分ですよね。3気にしてなくてもどうにかなりますよね。2はどうでしょう。これも、レジに持っていけば計算してくれます。不要ですね。よって、生きるためには何も必要ない、1が正解です

 他の教科でも、漢字が書けなくても、もちろん、大変ですが、生きるうえでは問題ないし、英語も、情報をえる必要がなければ何ら必要ありません社会・理科もなくたって、表面上は生きていけます

 即ち、勉強はしなくても生きていける!!

 ・・・けれども、足し算ができないと不便ですし、漢字が書けないなんて考えられないでしょうね。選択肢1~8でも書いた通り、何かを学ぶということは、何かの役に立つということです。すなわち、勉強をするということは生きるためではなく、生活を豊かにするという目的で行っていることなのです。

 古典は日本語語彙の幅、思想の幅を持たせてくれたり、現代文は正しく、偏見なく物事をとらえる力を鍛え、漢文は、漢字の起源を知るとともに、思想を知ることができる。数学は、日常生活における情報を論理的に計算・分析する力を養い、英語は英語を身につけるための素養を作り上げている。社会は、この世の中の成り立ちや現在を知ることによって、より多角的な意見を持つことができるようにしてくれており、理科は物事の正しさを見極め、偽の情報に騙されないようにしてくれる。教科として、不要なものは何一つないと感じています。もちろん、現在では、経済の方が大事だとか、IT関連の方が大事なのに、そこを教えていないなどといった指摘もありますが、だからと言って、現在習っている内容が無駄になるということはありません。そもそも、学校は学習の手助けをするところです。必要と思うところは自分で学べと言わざる得ません。基本的に、明治から教科数は重要なものに絞られていって、結果として、残ったものを学んでいるのに、それが必要でないなどと言うのは他人をなめ過ぎじゃないかと言いたくなります。

 知識を入れて問題が解けるからと言って馬鹿な奴はたくさんいます。(残念なことに私の通う大学にも、成績が良かったが全く理解していないため、全く使えない馬鹿が一割を占めています。)できるだけ多くの人が、自らの生活を良くする「本当の学び」で"知恵"を得てほしいと願っています。